メンズエステの歴史【創生期】をまとめました 〜前編〜

[2019年2月6日]

こんばんは。
ダイヤモンド愛川でございます。

ジョーライブブログ101記事目は、新時代へ向かう皆様のために、メンズエステの歴史を書き残しておきます。
Twitterに掲載しましたメンズエステ史に、加筆修正を加えたものをまとめて書き綴りました。

『メンズエステ創生期編』を前編と後編に分けましたので、是非ともご高覧くださいませ。

 

~メンズエステ史【創生期】~

Dの意思を継ぐ者からメンズエステ史の話を頂き、開始しましたTwitter。

10年ほどの小僧ですので10年前から現在までのことはわかっていても、それ以前の歴史はわからないのでございます。
メンズエステはいつから存在したのか?
なぜ人はメンズエステに通うのか?
なぜ人は癒しを求めたのか?
好奇心にかられた私は、メンズエステの歴史を紐解いてみようと思ったのです。

皆様にメンズエステの歴史を伝承することより、自分自身の知りたい欲求を満たすことに重きを置いているのかもしれません。
しかしこの文献が、メンズエステの歴史書となってくれたらいいなと単に願っております。

未だ正確なメンズエステの歴史書は存在しません。
手始めに、まずは現存する諸先輩方のブログを拝読することにしました。
ブログを読み取り、まとめていこうと思いましたが、私の存じ上げているエステブログは閉鎖されていたり、すでに退会されているのです。

6~7年前に起こったアメブロエステブロガー一斉退会が原因と思われます。
貴重な情報が満載であったブログが、この世から跡形もなく消えてしまった現状に、愕然としております。
古事記や日本書紀が燃えてなくなるのと同じことでございます。

そこで、20年選手でメンズエステの生き字引である方々にアポイントを取り、取材を敢行いたしました。
たくさんのお話を聴き、驚き、納得し、感動すら致しました。

そこでわかったこと。

時代を彩るセラピスト様は常に存在し、そして男子は、女神を求めて彷徨い続けるということでした。

現在も存在するカリスマ的なセラピスト様。
各エリア、各店舗にいらっしゃると思われます。
出勤日をホームページやブログ、Twitterでアップすると、瞬く間に予約が埋まってしまう。
そのセラピスト様たちは、本日も様々な殿方を癒していることでしょう。

私が存じてあげているカリスマセラピスト様は10年前にもいらっしゃいました。

新宿シャングリラ代表A様
新宿ラメール・ド・ラメールN様
四ツ谷サムタイムA様
恵比寿コットンU様

現在の人気セラピスト様のように、出勤日をアップしたと同時に予約を入れないといけない状況でございました。

そんな中、メンズエステの歴史の中で燦然と輝くレジェンドは、このカリスマセラピスト様だと思われます。

https://www.nippon-shacho.com/interview/in_pressentir/

独立した15年ほど前、現在のメンズエステの礎を築き、多くの男性に癒しを与えた所作や技術は、次世代へと継承されています。

メンズエステの施術内容は、今とは違うようでございました。
メンズエステ自体が珍しい時代でございます。
脱毛や痩身ではなく、笑顔の日本人女性が、柔らかい手の平でアロマオイルを全身に塗るのです。
整体院でほぐされることしか知らない男性には、それだけで衝撃であったと思われます。

そこで、なぜM女史は成功したのか。
さらに歴史を掘り下げて取材してみました。
そこで解明されたことがございます。

それは、
日本人メンズエステのルーツに、韓国マッサージ、台湾マッサージ、中国マッサージの存在が大きく関わっているということでございました。

韓国エステは1995年辺りから登場し、全国に爆発的に広まっていきました。
ピンサロやヘルスなどは風営法により、出店に制約を受けるので特定の場所にしか出店できませんでしたが、韓国エステは表向きはただのエステ。
風営法による制約をうけないのです。
つまり、どこにでも出店可能なのでございます。

西暦が2000年を迎えた頃、すでに決定されていました2002年のサッカー日韓ワールドカップ。
違法な行為が行われる韓国エステは摘発の対象となりました。
台湾エステの堅実な施術と違い、韓国エステの派手な営業は群を抜いていました。

2002年以降も続いた徹底した摘発と、デリヘルブームが重なる2005年をピークに、韓国エステは減少を続けていきます。
韓国エステ嬢は出張エステや韓国デリヘルに流れ、店舗型の韓国エステは次々と街から姿を消していくのでございました。

韓エス全盛期と同じ時代を彩った台湾マッサージ「舞」が堅実な施術で人気になり、同じく台湾マッサージの「優」は艶っぽい施術で、こちらも人気店になりました。
中国エステも数店舗存在していましたが、台湾マッサージには追いつけない状況。
その頃、台湾マッサージの代表格である「陳エステティック」は新宿で拡大し続けていたのでございます。

アジアンエステのモンスターグループ「陳エステティック」は1994年の創業。
韓国エステが各地で猛威をふるっていた頃、統率されたこのお店も人気を博していました。
お客様が入店すると走ってきてご挨拶をし、丁寧に靴を揃えてくれるのです。
私の知っているチャイエスでは皆無の気遣いでございます。

陳エステティックのセラピスト様は皆、しっかりしたメイクをして、ピタっとしたピンクの施術服とストッキングを身にまとっておりました。
黒い革靴を履き、スッとした立ち姿で迎え入れてくれる様に、心を掴まれるのでございます。

容姿端麗の女性を厳選し採用することで、どのセラピストさんでも満足できるシステムを構築したのであります。
おしぼりの出し方や上の階への案内など、一つ一つの所作に真心を感じることができる妖麗美女発祥の店でございました。

お部屋に案内されますと、大きなソファベッドが置いてあるのです。
担当セラピストはソファの背もたれを倒し、ベッドの形に変えるのですが、この動作も艶やかに行うのでございます。
ピンクの施術服から見えそうで見えない部分に、お客様は様々な妄想を膨らませるのでございました。

ソファベッドにシーツをかけ施術に入るのですが、繰り返し使用するこのシーツこそ、現在も一部のチャイエスの料金システムに表記されている「シーツ代」の原点なのでございます。

施術内容は、当時の韓国エステの真逆をいく健全施術でございました。
台湾マッサージの定番である背中の足踏みや、蒸しタオルを使用した施術でございます。
背中の施術時、足の指でツボを捉える技術力に、妥協のない教育をされているとも感じました。

終了時間間際になりますと、定番の「延長しますか? 」と声をかけられます。
そこで延長するお客様は半数を超えるらしく、今も昔も、男性は変わらないのでございましょう。
しかし、延長に入るとなぜか、ティータイムが始まるのです。

時間は30分しかありません。
ティータイムとセラピストさんとの会話で、あっという間に過ぎ去ってしまうのです。
そして再度「延長しますか?」と声をかけられた男性は何かを期待して、再延長するのでございます。
この延長に2時間費やす男性が後を絶たないとのことでございました。

この陳エステティック、陳女史もメンズエステの歴史に残るカリスマセラピスト様でございます。
自費出版した本を出し、ついに新宿に自社ビルを構えるようになります。
セラピストさんにしっかりとしたルールを決め、日本にメンズエステの基礎を築いたのでございました。

つづきます……

 

 


ツイッター×セラピスト「ジョーライブ」